
タモリさんが年末に「徹子の部屋」に出演した際、「来年はどんな年になりますかね」と聞かれ、「新しい戦前になるんじゃないですかね」と答え、「新しい戦前」がキーワードとしてSNSで話題になりました。
確かに最近の日本の動きを見ていると、また戦争に向かっている感じがして、人間の愚かさにがっかりします。
人間は戦争をして、悲惨な目にあって反省し、やがてその反省を忘れてまた戦争するということを繰り返してきました。
人間も生存闘争をする動物なので、戦争を繰り返しても不思議ではありません。
ただ、文明が進むとともに戦争の悲惨さが増してきました。
第一次世界大戦、第二次世界大戦にはその悲惨さが極限に達し、反省も深まって、戦争を克服しようという機運が高まり、国際連盟と国際連合がつくられました。
戦争のひとつの原因は、自国中心主義です。
自分の国さえ利益を得ればいい、安全であればいいという利己主義的な考え方が他国との争いを招きます。
これを防ぐには国際社会において「法の支配」を確立するしかありません。
つまり世界政府が主権国家を支配する体制をつくることです。
国際連盟や国際連合はそれを目指してつくられました。
しかし、国際連盟はアメリカが加盟しなかったことで力がなく、失敗しました。
国際連合は五大国に安全保障理事会における拒否権を与えたことで五大国を支配できず、十分に機能していません。
したがって、今するべきことは国連を強化して、アメリカ、中国、ロシアなどを制御することです。
それをしないと今後、アメリカと中国の覇権争いはどんどん激化します。
覇権争いがいつまでも続くといつか世界は破滅します。
ところが、日本の政府、マスコミ、知識人は圧倒的なアメリカの影響下にあるので、これまで国連軽視の風潮を広めてきました。
国連が無力であったのは事実ですが、だからこそ国連強化をしなければならないので、国連を軽視・蔑視するのは方向が逆です。
今の日本は、国連が頼りにならないのでアメリカに頼るしかないというのが一般的な認識です。
実際、アメリカの軍事費は世界の軍事費の約4割を占め、中国の軍事費の約3倍あるので、アメリカに頼っていれば安心なのは事実です。
ところが、アメリカは日本に防衛力の増強を求めてきます。同盟国の戦力はアメリカの戦力でもあり、アメリカの軍需産業が潤うからです。
これまでの日本政府はアメリカの要求をなんとか値切ってきましたが、第二次安倍政権になってからはどんどん受け入れるようになりました。辺野古の新基地建設など、軟弱地盤が判明して9000億円以上かかるとわかってもアメリカと再交渉せず、ひたすら建設を続けています。
防衛費倍増は安倍路線の仕上げです。
防衛費倍増に限らず日本の安全保障政策はほとんどアメリカの望み通りです。
これはアメリカの要求に屈してやっているのか、日本がみずから望んでやっているのか、うわべからはわかりません。
いずれにしても、日本政府はみずから望んでやっていることにしていますし、マスコミもそこは追及しません。
とはいえ、アメリカの強大な軍事力があるのに日本はなぜ防衛費増額をしなければならないのかという疑問が生じます。
そのため、安全保障論議をするときはアメリカの軍事力については触れないという習わしがあります。
安保論議をするときは、「きびしさを増す安全保障環境」という決まり文句があって、必ず「中国の軍拡や北朝鮮のミサイル開発など、わが国を取り巻く安全保障環境はきびしさを増し」という文から始まります。思考停止のきわみです。
そして、アメリカの軍事力には決して触れません。
最近はアメリカの軍事力だけでなくアメリカの存在そのものにも触れなくなっています。
安倍元首相は「台湾有事は日本有事」と言いました。
中国が台湾に侵攻したら(私はないと思いますが)、アメリカがどう出るかが問題で、それによって日本の出方も決まります。
中国が台湾に侵攻し、アメリカが静観しているのに、自衛隊だけが出動して中国軍を攻撃するなんていうことはありえません。
もしアメリカが軍事介入したら、沖縄や日本本土から米軍が出撃することになり、日本が中国から攻撃されるか攻撃される危機に瀕するので、日本政府は「存立危機事態」と認定して自衛隊を出動させることになります。
つまり「日本有事」になるかどうかはアメリカ次第です(日本政府の意志はないも同然です)。
ですから、安倍元首相の言葉は「台湾有事は(アメリカが介入すれば)日本有事」というふうに言葉を補えばわかりやすくなります。
また、「敵基地攻撃能力」に関して、「相手国がミサイル発射の準備をしている段階で攻撃する」といった議論が行われていますが、これについてもアメリカがなにもしないのに自衛隊だけで中国や北朝鮮の基地を攻撃するということはありえません。
もし攻撃したあとで中国や北朝鮮が攻撃の準備をしていなかったことが判明したら、日本は絶体絶命の立場になります。アメリカは大量破壊兵器があるという理由でイラクに攻め込み、大量破壊兵器がないことが明らかになりましたが(アメリカが“証拠”を捏造していた)、アメリカが知らん顔をしていられるのは超大国だからです。日本が同じことをすれば国際的非難を浴び、巨額の損害賠償請求をされて、首相がハラキリでもしないと収拾がつきません。
それに、中国は広大ですから、日本が単独で中国の基地を攻撃しても意味がありません。あくまで日本の攻撃力はアメリカの攻撃力の補助的な役割です。
自国の抑止力を同盟国の安全保障に提供することを「拡大抑止」といいます。
外務省のホームページには、日米拡大抑止協議が2022年6月21日から22日まで及び11月15日から16日まで開催されたと発表され、「日米拡大抑止協議は、日米両国間の公式な対話メカニズムの一つとして設立され、2010年以降、定期的に開催されています」という説明があります。
以前の拡大抑止はアメリカが日本に提供するものでしたが、これから日本がアメリカに提供することになったために、最近続けて協議されているのでしょう。
つまり日本の「敵基地攻撃能力」は最初からアメリカ軍と一体のものとして構想されているのです。
それなのに日本での議論はまるで日本が単独で中国や北朝鮮を攻撃するみたいになっています。
東アジアでは、日本、韓国、オーストラリアを含めたアメリカ陣営と中国が対峙しています。
ですから、アメリカ陣営と中国との戦力比較が重要ですが、そういう議論も聞いたことがありません。
要するにすべての安全保障論議からアメリカというファクターが消去されているのです。
「モーゼの十戒」に「神の名をみだりに唱えてはならない」とあるのを想起してしまいます。
日本はアメリカを絶対神として崇めているのでしょうか。
今後、安全保障論議をするときは、「わが国を取り巻く安全保障環境はきびしさを増し」という決まり文句はやめて、アメリカと中国の軍事力の比較をするところから始めてもらいたいものです。
そうすると、覇権争いの愚かさと、世界の軍事費の巨大なことに思い至るでしょう。
スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、21年の世界の軍事費は2兆1130億ドル(約277兆円)でした。
今の軍事費を貧困対策や環境対策や科学技術振興などに回せば世界は見違えるように変わります。
もっとも、それにはアメリカが変わらなければなりません。
ヨーロッパでロシアと対峙し、東アジアで中国と対峙し、中東でイスラム諸国と対峙するというアメリカの世界戦略こそがすべての元凶だからです。
中国の共産主義よりもアメリカの覇権主義のほうがはるかに問題です。
