村田基の逆転日記

親子関係から国際関係までを把握する統一理論がここに

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3月16日、岸田文雄首相と韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は都内で日韓首脳会談を行い、友好関係をさら発展させていくことで合意しました。
徴用工問題もどうやら決着しました。
どういう形で決着したのでしょうか。

韓国の最高裁は日本企業にかつての徴用工に対して賠償金を支払うように命じましたが、日本としては払いたくないので、こじれました。
また、韓国政府や韓国世論は徴用工問題で日本に対して謝罪を求めていました。

尹錫悦大統領は3月6日にこの問題の解決策を提案しました。
岸田首相は同じ日に記者会見し、「今回の韓国政府の措置は、日韓関係を健全な関係に戻すためのものとして評価しております」「歴史認識につきましては、1998年10月に発表された日韓共同宣言を含め、歴史認識に関する歴代内閣の立場、これを全体として引き継いでいる。これが政府の立場であります」と語りました。
バイデン大統領も同じ日に声明を発表し、「米国の最も緊密な同盟国である日韓両国の協力とパートナーシップの画期的な新章を示した」と歓迎し、ブリンケン国務長官も「記念すべき成果を称賛するよう国際社会に呼び掛ける」と歓迎する声明を発表しました。
ということは、この解決策は日本、韓国、アメリカで話し合われていたわけで、この発表の時点で合意が成立していたものと思われます。

この解決策は、日本企業が払う賠償金を韓国政府傘下の財団が肩代わりするというものです。
発表の時点では、その財団に日本企業も拠出するのではないかという話がありました。これでは日本企業が賠償金を支払ったのとたいして変わりません。
結局、日韓首脳会談後の発表によると、両国の経済団体が未来志向の日韓協力・交流のための「日韓未来パートナーシップ基金」を創立することになりました。
つまり日本企業はカネを出すのですが、別のところに出す形となったわけです。

日本の謝罪の問題は複雑です。
1998年、小渕恵三首相と金大中大統領は日韓共同宣言を発表し、その中に「小渕総理大臣は、今世紀の日韓両国関係を回顧し、我が国が過去の一時期韓国国民に対し植民地支配により多大の損害と苦痛を与えたという歴史的事実を謙虚に受けとめ、これに対し、痛切な反省と心からのお詫びを述べた」というくだりがありました。
尹大統領は共同宣言にある「反省とお詫び」を日本政府が継承することを求めました。
そして、岸田首相もその日に「日韓共同宣言を含め(中略)、これを全体として引き継いでいる。これが政府の立場であります」と言って、それを受け入れたわけです。

ところが、日韓首脳会談後の発表文には「反省とおわび」の言葉はありませんでした。
その代わり「旧朝鮮半島出身労働者問題に関し、率直な意見交換を行い、岸田総理大臣から、6日に日本政府が発表した立場に沿って発言しました」という文言がありました。
「6日に日本政府が発表した立場」というのは「日韓共同宣言を引き継いでいるのが日本政府の立場」のことです。日韓共同宣言には「反省とお詫び」という言葉が入っているので、日本政府は理屈の上では「反省とお詫び」を表明したことになります。
まるで“一人伝言ゲーム”みたいです。


韓国では、首脳会談後の発表に「反省とお詫び」の言葉がなかったのはけしからんという声があり、賠償金を求めた原告には韓国の財団のカネは受け取らないと表明する人がいるなど、否定的な声が多いようですが、その声はそれほど強くないという印象です。
日本国内では、これまで嫌韓を唱えてきたネトウヨの戸惑いが目立ちます。日本企業がカネを出すのか出さないのかよくわからず、「反省とお詫び」を表明したのかしてないのかよくわからないという仕組みが効いているようです。

ただ、日本企業がカネを出すのは間違いないので、韓国は「名を捨てて実を取った」といえるかもしれません。
日本は「反省とお詫び」の表明を巧みにごまかしたので、「名を取って実を捨てた」ということになります。

それにしても、徴用工問題がここまでこじれたのはどうしてでしょうか。
それは、日韓ともにあまりにも視野が狭く、二国間関係しか見ていなかったからです。


東アジアにおいて、日本と韓国はともにアメリカの同盟国として、対北朝鮮、対中国で連携しなければならない立場です。
それなのに70年以上も昔の徴用工問題で日韓が喧嘩しているのですから、東アジア情勢が見えてないというしかありません。
とくにアメリカにとっては困ったことです。
ですから今回の解決策は、アメリカが主導したものと考えられます。アメリカに強く言われると、日韓ともに断れません。
兄弟喧嘩をしている子どもを母親がむりやり仲直りさせたみたいなものです。

同じことは慰安婦問題のときもありました。
慰安婦問題で日韓関係がこじれきっていたため、2015年にオバマ政権がむりやり日韓合意にもっていきました。
日韓合意には「おわびと反省」という言葉が入っていましたが、当時の安倍首相はどうしてもその言葉を言いたくなかったため、岸田外相に朗読させて、自分は表に出てきませんでした。
母親がむりやり子どもに謝らせようとしたため、子どもはふてくされてしまったという格好です。

徴用工問題でまったく同じことを繰り返すとは、日韓ともに成長がありません。


東アジア情勢だけでなく、グローバルな視点も欠けています。
日韓関係がこじれている根本原因は、日本が朝鮮半島を植民地支配したことを清算できていないことです。
しかし、植民地支配の清算ができていないのは日韓関係だけではありません。

欧米列強は世界に植民地を広げましたが、今に至るもお詫びも反省もしていません。
植民地支配における非人道的行為について謝罪した国はありますが、植民地支配そのものについて謝罪した国はひとつもありません。

日本も戦後しばらくは、中国やアジアの国に対して戦争により苦痛や迷惑を与えたことについては謝罪してきましたが、植民地支配については謝罪しませんでした。
しかし、1993年、細川護熙首相は所信表明演説において「過去の我が国の侵略行為や植民地支配などが多くの人々に耐えがたい苦しみと悲しみをもたらしたことに改めて深い反省とおわびの気持ちを申し述べる」と言い、「植民地支配」について初めて謝罪しました。
村山富市首相も「植民地支配」について謝罪しました。
1995年のいわゆる「戦後50年衆院決議」においても「世界の近代史における数々の植民地支配や侵略行為に想いをいたし、我が国が過去に行ったこうした行為や他国民とくにアジア諸国民に与えた苦痛を認識し、深い反省の念を表明する」との言葉があります。
そうした流れを引き継いで1998年の日韓共同宣言の「反省とお詫び」があるわけです。

他国を植民地支配した国は多くありますが、日本は唯一それを謝罪した国です。
そこには日本の特殊な立場もあります。
欧米の植民地主義は、根底に人種差別があります。それに、欧米の文化は当時、ほかの地域よりも格段に進んでいたのも事実です。
日本の場合、日本人、中国人、朝鮮人に人種的な違いはありませんし(そもそも人種という概念に意味はないという説もあります)、文化水準もそれほど変わりません。日本がいち早く近代化しただけです。
つまり日本は自分とほとんど変わらない国を植民地支配したわけで、その罪が見えやすかったといえます。


ともかく、日本は植民地支配を謝罪した唯一の国で、これは世界においてきわめて有利なポジションです。
というのは、かつて植民地支配された国は謝罪しない欧米に対して不満を持っているからです。

「グローバルサウス」という言葉があります。
広い意味ではアフリカ、中東、アジア、ラテンアメリカにおける途上国、新興国の総称ですが、狭い意味では、「北」の先進国によって「南」は不当に苦しめられてきたという認識を持った国の集合のことです。
ロシアによるウクライナ侵攻は明らかな侵略行為ですから、グローバルサウスの国もロシアを批判していますが、一方で、NATOなどが主導するロシア批判やロシア制裁を冷ややかな目で見ているのも事実です。


ついでにいえば、欧米は近代奴隷制についても謝罪していません。
アメリカなどはリンカーンの奴隷解放を偉業のように見なしていますが、奴隷解放は当たり前のことで、それまでの奴隷制がひどかっただけのことです。白人は奴隷労働で富を築いたのに、黒人奴隷はなんの補償もなく放り出され、選挙権も与えられませんでした(一部の地域では与えられたが、すぐに剥奪された)。黒人は無教育な貧困層となり、白人は黒人を愚かで犯罪的だとして自分の差別意識を正当化しました。過去を正しく清算しないといつまでも引きずるという例です。


植民地支配や奴隷制に対する欧米の謝罪も反省もしない態度が今の世界の混乱の原因となっています。
今後、グローバルサウスの力が強くなっていけば、欧米に対する倫理的、道義的な責任を問う声が強まるでしょう。
そのとき、朝鮮に対する植民地支配について「反省とお詫び」をした日本は世界をリードする立場になれます。

もっとも、安倍首相は慰安婦問題の日韓合意のときに自分の口から「反省とお詫び」を言いませんでしたし、その後も口に出すことはありませんでした。
岸田首相も今回、巧妙な手口で「反省とお詫び」を口にしませんでした。
こういう中途半端なことをすると、日本は「日本は植民地支配を謝罪した」と世界に向かって胸を張って言うことができません。
また、どうせカネを出すなら、徴用工に対する賠償金として支払ったほうが効果的でした。

岸田首相は世界に向かって日本をアピールする絶好の機会を逸してしまいました。

韓国に謝罪したくない人はグローバルな視点を欠いています。

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源五郎さんによる写真ACからの写真 

「表現の不自由展・その後」に寄せられた抗議は、慰安婦像に対するものと天皇の写真を燃やしたとされるものに集中しました。

「天皇の写真は神聖である」という国家神道の立場から、天皇の写真を燃やすことに抗議する人がいるのは、理屈としては理解できます。もちろんそんな宗教的な主張を押しつけることは許されませんが。

では、慰安婦像の展示に抗議する人はどういう理屈なのでしょうか。

ある種の暴力描写や性描写は“有害”なので公開を制限するべきだという考え方がありますが、そういう類ではないでしょう。抗議する人たちも「慰安婦像は見る人に有害だ」という主張はしていないと思います。

そもそも慰安婦像が問題になったのは、2011年12月、ソウル市の日本大使館前に、慰安婦問題で日本政府に謝罪と賠償を求めるデモの1000回目を記念してブロンズの慰安婦像が設置されたことがきっかけです。
ウィキペディアには、『ボン大学のラインハルト・ツェルナー教授も「像自体は平和的に見えるが、基本的に日本を道徳的に非難する物」であると述べている』と書かれていて、これが妥当な評価でしょう。
人間は非難されると、かりに自分が悪い場合でも、自己防衛のために反発するものです。
そのため多くの日本人が反発しました。

その時点では、「慰安婦像」への反発ではなく、日本大使館前に像を設置するという「韓国側の行為」への反発でした。

そして、2015年に日韓合意が結ばれ、安倍首相は元慰安婦に対して「心からおわびと反省の気持ちを表明」し、慰安婦問題は終結しました。
もっとも、日韓ともに不満は残りました。
日本大使館前の慰安婦像もそのままでした。

ここが分岐点だったと思います。
安倍首相が「おわびと反省の気持ちを表明」しているのですから、日本の大使館員たちは慰安婦像の前を通るときに、一礼するなり手を合わせるなり、ときに花を供えるなりすればよかったのです。その姿は韓国民の気持ちを動かし、慰安婦像は日韓友好の象徴にもなったでしょう。

実際は逆の方向に行きます。
日本側は韓国側に対して大使館前の慰安婦像を「適切に解決されるよう努力する」ことを要求し続けました。
これは理屈としてはおかしなことです。慰安婦問題が片付けば、慰安婦像は日本にとっても不愉快な存在ではなくなるからです。
そして、プサンの日本総領事館前に新たに慰安婦像が設置されたことをきっかけに、日本は大使を召還するなどの強硬措置をとりました(このいきさつについては「日韓炎上の黒幕は誰か」に書きました)。
こうして「慰安婦像」問題が始まったのです。

「慰安婦像」問題は日本にとって圧倒的に不利です。
日本がいくら反対しても、韓国側は慰安婦像をどこにでも設置することができるからです。現に韓国に多数あるだけでなく、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ドイツなどにも設置されています。
それに、慰安婦像は正しくは「平和の少女像」といい、作者が「少女像は反日の象徴ではなく、平和の象徴である」と語っているように、いかにも清純そうな少女の姿です。そういう像の設置に反対する日本は、誰が見ても変な国だということになります。
日本が慰安婦像に反対することは、反日的韓国人の思うつぼです。

日本としては「慰安婦像」問題を早く終わらせなければなりません。
その方法は簡単です。
安倍首相が元慰安婦に対して「心からおわびと反省の気持ちを表明」したのですから、日本人は慰安婦像に頭を下げて、「おわびと反省の気持ち」を示せばいいのです。

もっとも、私は像などに頭を下げるのは宗教的ないし呪術的行為と思うので、したくはありません。
今、慰安婦像に反対している人は慰安婦像を呪物と見なしているわけですから、考え方を転換すれば、頭を下げることに抵抗はないはずです。
安倍支持者は率先して慰安婦像に頭を下げて、日韓友好に貢献するべきです。

菅官房長官
首相官邸ホームページより

「表現の不自由展」が「ガソリン携行缶を持ってお邪魔する」といったテロ予告の脅迫などによって中止に追い込まれました。
こうした脅迫はもちろん犯罪です。愛知県庁は被害届を警察に提出し、警察は8月7日に50代の会社員の男を威力業務妨害容疑で逮捕しました。

この事態に直面して、とんだ馬脚を現したのが菅義偉官房長官です。
5日の記者会見で、
「一般論で言えば、暴力や脅迫はあってはならないことだ」
と言ったのです。

「一般論で言えば」という前提をつけると、「個別には暴力や脅迫はあってもいい場合がある」という意味になります。
「いかなる場合も、暴力や脅迫はあってはならないことだ」と言うのが当然です。
自分と同じ思想傾向のテロ予告犯を批判したくない気持ちが「一般論で言えば」という言葉になって表れたのでしょう。


菅官房長官の嫌韓感情は筋金入りです。
菅官房長官は2014年1月、中国黒竜江省ハルビン駅に朝鮮独立運動家・安重根(アンジュングン)の記念館が開館したことについて、中国と韓国に外交ルートを通して抗議し、「安重根は我が国の初代首相を殺害し、死刑判決を受けたテロリストだ」と非難しました。
他国がどんな記念館をつくろうが、それは内政問題であり、日本が抗議するとはまともではありませんし、韓国では英雄とされている安重根を「テロリスト」呼ばわりするのも韓国人の神経を逆なでします。

このことは日本では小さくしか報道されませんが、韓国では大きな反発を生んで、こうしたことも日韓のずれを生みます。

菅官房長官は外交問題ではつねに慎重なもの言いをするのに、韓国に対してだけは即応してきびしい言い方をします。


日韓関係があまりに悪化し、アメリカの安保政策にも悪影響が出るほどになったので、オバマ政権の強力な介入で、2015年12月に慰安婦問題についての日韓合意が結ばれました。
この合意には「安倍内閣総理大臣は、日本国の内閣総理大臣として改めて、慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを表明する」という言葉がありますが、これは岸田文雄外相が読み上げただけで、安倍首相の口から語られることはありませんでした。そのためのちのち、「安倍首相は謝っていない」と韓国から言われることになります。

日韓合意には、在韓国日本大使館前の少女像について韓国政府は「適切に解決されるよう努力する」という言葉がありますが、少女像はそのままでした。
さらに2016年12月、釜山の日本総領事館前に少女像が設置されました。区当局はすぐに像を撤去し、抵抗した市民団体のメンバー13人が逮捕されましたが、区に抗議の電話が殺到し、結局設置を認めることになりました。

これらに対して、日本では日韓合意違反だという声が上がりましたが、民間の動きを韓国政府がコントロールできるはずがなく、「努力する」ということはなされているでしょう。
しかし、菅官房長官は「韓国国家として約束したことは履行してほしい」と言い、2017年1月には在韓日本大使の召還と日韓通貨スワップ協定の取り決め協議の中断などの強硬措置を発表しました。

これはちょうどオバマ政権からトランプ政権に移行するときで、アメリカ政府が動けないのを見越した菅官房長官の機敏な対応でした。
その後、トランプ政権は日韓関係に興味がないことが明らかになり、日韓関係は以前と同じように悪くなってしまいました。


以前と根本的に違うのは、以前は「慰安婦」問題でもめていたのに、今は「慰安婦像」問題でもめているということです。問題がすっかり矮小化されました。

慰安婦像(平和の少女像)自体は、清純な少女を描いたもので、なんの悪意も込められていない立派な芸術作品です。
像を設置する人間には悪意があるかもしれませんが、悪意が像に宿ることはありません。
像に不快を感じる日本人がいるのは、内心にやましさをかかえているからでしょう。

慰安婦像を設置しているのは韓国の民間団体です。これをやめさせることは誰にもできません。現に世界各国に慰安婦像が設置される結果となりました。
慰安婦像設置をやめさせようとした日本政府の方針が根本的に間違っていたのです。

日本では、韓国が日韓合意に反したという声が多くありますが、韓国側はあくまで民間団体の動きです。
一方、日本側の大使召還などは日本政府の動きですから、どちらが日韓合意に違反したかというと、日本側です。
韓国の反日は民間主導、日本の反韓は政府主導です。
韓国人には殖民地支配などの恨みがありますが、日本人は韓国にひどい目にあわされたという体験はないので、当然です。
日本の反韓の動きは、安倍首相と菅官房長官と一部の日本人がつくりだしているだけです。


日本にいると、日本に都合のいい情報ばかりが入ってきます。
頭の中で情報を補正して、公平な判断をするようにしないといけません。

日韓の争いは、要するに兄弟喧嘩です。
オバマ政権は親として兄弟喧嘩に介入して、双方に「ごめんなさい」を言わせて、喧嘩を収めました。
ところが、親がトランプ大統領に代わったら、また兄弟喧嘩が始まったという格好です。

兄弟といっても、日本が兄で、韓国は弟です。日本が朝鮮の近代化を導き、今でもGDPは日本が韓国の4倍くらいあります。ノーベル賞でも圧倒的な差です。
兄弟喧嘩は、兄貴分の日本が先導して収めるべきでしょう。

韓国を対等な相手のように見なして喧嘩している日本人は、日本人から見ても、ちょっと情けない人です。

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