
オリエンタルラジオの中田敦彦氏がYouTubeで松本人志氏を批判したことが波紋を広げています。
その広がり方が尋常でなく、しかも、みんなの言っていることが明らかに的外れです。
お笑い界の人間はみんな松本氏にこびているから的外れなことしか言えないのだろうと推測しましたが、推測していても始まらないので、問題の発端である「中田敦彦のYouTube大学」の〈【松本人志氏への提言】審査員という権力〉という動画を見てみました。
まず思ったのは、中田氏の松本氏批判は想像以上に辛辣だということです。
今の世の中、名前を挙げてここまで直球に人を批判するのはめったに見られません。
そのために波紋が尋常でない広がりを見せているのでしょう。
ただ、43分もある動画です。内容をわかりやすく文章でまとめたものがあればいいのですが、探しても見当たらないので、自分で書くことにしました。
私自身はというと、かなりお笑いが好きで、バラエティ番組をよく見ています。松本氏はキャラクターとしては好きではありませんが、お笑いの才能は高く評価しています。
中田氏の話は、「THE SECOND」という漫才大会のことから始まります。
「M-1グランプリ」という漫才大会は出場資格が結成15年以内の漫才師となっていますが、「THE SECOND」は結成16年以上の漫才師を対象として今年から始まりました。これによってすべてのキャリアの漫才師が賞レースに参加できることになったわけです。
昔から関西のお笑い界では賞の出る大会がいくつもあって、吉本興業は受賞した芸人のギャラを高くするなどして、受賞歴が高く評価されていましたが、東京にそうした大会はなかったそうです。
そこにM-1が始まって、優勝者や準優勝者が売れるようになると、東京にも賞レース至上主義、漫才至上主義のようなものが広がります。
それまでは「ボキャブラ天国」とか「エンタの神様」のような、テレビのバラエティ向きの笑いがいくつもあり、漫才はその中のひとつでしたが、今は漫才の格式が高くなっているということです。
このようにお笑い界における賞レースの位置づけが語られます。これはお笑いに興味のない人にはどうでもいいことですが、これは重要な前振りです。
中田氏が言うには、M-1は審査員に特別に光が当たる大会です。とろサーモンの久保田氏が審査員の上沼恵美子氏と起こした騒動もありましたが、昔は島田紳助氏の言葉が注目され、最近は松本氏の言葉が注目されます。松本氏が「もっと点数入ってもよかったと思いますけどね」と言うと、言われた漫才師はすごくフィーチャーされます。
そして、中田氏は「松本さんがあらゆる大会にいるんですよ」と言います。
ここからはできるだけ中田氏の言葉で伝えることにします。
「松本さんはなんだかんだで若手を審査する仕事がめっちゃ多い。第一人者だから、カリスマだからという意見もあるかもしれませんが、カリスマ的芸人でもたけしさんやさんまさんはそんなに審査員はいっぱいやらない。ここが松本さんの特筆すべきところで、松本さんはあらゆる大会を主催して、あらゆる大会の顔役になっていったんです」
「審査員って権力なんです。この権力が分散していたらまだいいんですけど、集中してるんですね。松本さんは漫才(M-1)にもいて、コント(キングオブコント)にもいて、大喜利(IPPONグランプリ)にもいて、漫談(すべらない話)にもいる。全部のジャンルの審査委員長が松本人志さんというとんでもない状況なんです」
「これでどうなるかというと、松本さんが『おもしろい』と言うか言わないかで、新人のキャリアが変わるんです」
「この権力集中っていうことは、松本さんがそれだけ偉大な人だから求められているんだともいえるけど、求められていることと実際にやるのは違うことなんです。求められたとしても、実際にやることがその業界のためになるかというと、僕の意見としてはあまりためにならないと思う。なんでかっていうと、その人の理解できないお笑いっていうのは全部こぼれ落ちるから」
「だから、新しい大会で新しい審査委員長が出てくればいいけど、新しく始まったTHE SECONDのアンバサダーという役割は松本さんだった」
ここまでは松本氏が審査員をやりすぎていることに対する批判です。
ここから松本氏個人に対する批判になります。
「お笑いって芸術じゃなくて、徹底的に大衆演芸で、受けたほうが勝ち、より多くの笑いを取ったほうが勝ちなんですよ。ところが、松本さんって価値観に介入する人なんです。M-1の審査のときでも、『もっと受けてもよかったな』とか『もっと点数入ってもよかったな』とか言う。大衆の反応よりも審査員の好みとか思想が優先されるんですよ。テツandトモはリズムネタですごい受けたけど、『あれは漫才じゃない』という理由で落とされてしまう」
「松本さんが『あれおもしろいな』って言うのはいいと思うんです。しかし、『あれおもしろくないな』って言うのは業界全体にとって悲劇なんですよ。受けてない人は世に出てこないから、ほっとくじゃないですか。松本さんが『あれおもしろくないな』ってことさら言うときって、売れてる者に対して言うわけですよ。その最初が『遺書』っていうすごい売れた本で、めちゃくちゃ売れてるナインティナインさんをめちゃくちゃこき下ろしてるんですよ。それって必要ないことじゃないですか。そういう『あれおもしろくないな』を何度かやるんですよ」
「松本さんに対してなにもものが言えない空気ってすごくあるんですよ。ジャニー喜多川さんの件にしても、ジャニーさんが生きてる間に言いなよっていう意見があったりするけど、生きてる間に言えなかったんだろ。それがいちばんの問題なんじゃねえの」
「松本さんの映画がおもしろいかおもしろくないかって、芸人が誰も言わないんだよ。観てないはずがないのに。みんな『松本さん、審査員ちょっとやりすぎじゃないですか』ってどっかで思ってるけど、言えないんだよ」
「みんなの代わりに言っちゃおうかなって。松本さんは審査員をやりすぎちゃってる。何個か辞めてもらえないですか。M-1だけに絞られるのがよろしいんじゃないですか」
中田氏はずっと松本氏からディスられてきて、今は吉本興業を辞めて、登録者数500万人のユーチューバーになったので、松本氏に言いたいことが言える立場になったということです。
中田氏の主張で、いまだに松本氏を超える芸人が出てこないのは今までの審査体制がよくないからだというのがありますが、これについては必ずしも賛同できません。松本氏を超える才能が存在していなかっただけかもしれません。
ただ、松本氏が審査員をやりすぎているのはよくないという主張には全面的に賛同します。
なにごとであれ、権力が集中するのはよくありません。そのために独占禁止法があり、三権分立があり、民主主義があるのです。
松本氏が実力と人格を兼ね備えた人であっても、長く権力の座にいると次第にわがままで傲慢になっていきます。
「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する」という言葉の通りです。
松本氏が「もっと点数入ってもよかった」と言うのは、松本氏が“審査員の審査員”という立場にあることを意味し、すでに独裁化しているといえます。
松本氏が審査員をやりすぎているために日本のお笑いが広がりを欠いているかどうかはむずかしい問題ですが、たとえば、とにかく明るい安村氏はイギリスのオーディション番組「ブリテンズ・ゴッド・タレント」で決勝進出という快挙を成し遂げました。こういうお笑いは漫才至上主義から出てこないことは確かです。
また、「有吉の壁」はショートコント中心の番組で、斬新な発想に満ちていて感心しますが、こういうのも松本氏の発想の外かもしれません。
中田氏の提言に対して、松本氏はツイッターで名前は挙げずに「テレビとかYouTubeとか関係なく2人だけで話せばいいじゃん。連絡待ってる!」と投稿しました。
公開での提言に対して「2人だけで話せばいいじゃん」と返すのはどうなのでしょう。自分なりの答えを示してほしいものです。
オリラジの相方の藤森慎吾氏はYouTubeで「やってくれたなという言葉に尽きますね」と言い、松本氏が審査員を多く務めていることについても「松本さんって方がいらっしゃるからこそ、大会の価値もものすごい上がっていると思う」と中田氏と立場の違いを示しました。
明石家さんま氏は週刊誌記者に聞かれて「松ちゃんがいっぱい審査員してるのどうってか?『ええなあ仕事あって』と思ってるよ」と答えました。この問題には関わらないつもりのようです。
お笑い界の人は基本的に松本擁護、中田批判です。
「実力があるから審査員をやっている」「松本さんに審査されたいし、ほめられたい」といった芸人の声は、一応中田氏の提言を受け止めていますが、わけのわからない返しをする人もいます。
ほんこん氏は「松本さんが審査員全部辞めるわってなったら、どないすんの?」と言い、上沼恵美子氏は「松本さんご本人は責任を果たしてるだけやと私は思う。いっぺんやってみ、審査員。大変やで」と言い、トミーズ雅氏は「土俵がちゃうねん。日本背負っている人と、500万人のYouTube背負ってる人やろ。一緒な訳ないやないかい」と言いました。
理屈になっていないのは、松本氏の圧倒的な力にひれ伏しているからでしょう。
吉本興業の大崎洋会長と岡本昭彦社長はともにダウンタウンのマネージャ―だったところから出世した人で、おそらく松本氏は会長や社長とも対等に口が利けるのでしょう(大崎会長は近く退社して大阪万博組織のトップに就任する予定)。
松本氏の権威と権力が日本のお笑い界を重苦しくしていると感じられてなりません。
