
「財務省解体デモ」というのが一時話題になりました。
昨年末から始まり、2月か3月ごろにピークとなり、財務省前に千人とか二千人とかが集まりました。とくに司令塔もないようですが、全国12か所ぐらいで同時に行われたこともあり、そのエネルギーはかなりのものでした。
中には陰謀論めいた主張もありましたが、「増税反対」「社会保険料を下げろ」「消費税廃止」といった主張が主で、生活苦を訴えるデモといえます。
主にYouTubeなどのネットで主張が拡散されましたが、ネット民はデモなどの行動を冷笑する傾向があるので、異例のことでした。
しかし、マスコミは財務省解体デモのことをほとんど報じませんでした。そのため、デモ参加者やデモ支持者はオールドメディアはけしからんと憤慨していました。
もっとも、マスコミが報じないのもわかります。「財務省解体」という主張がバカバカしいからです。
財務省は必要な仕事をしているのですから、解体するわけにいきません。
財務省が間違っているにしても、財務省を動かしているのは最終的に政治家である財務大臣ですから、政府や与党に対して主張するべきです。
財務省の賢いエリートが愚かな政治家をあやつっていると考えているのかもしれませんが、そうだとしても、あやつられる政治家をなんとかするしかありません。
財務省解体デモは、マスコミに無視されているうちに消滅してしまいました。
生活苦の原因は財務省ではありません。富裕層にマネーが偏在する格差社会が原因です。
ですから、「富裕層解体」をスローガンに、富裕層から低所得層に富を再配分する政策を要求するデモをすれば、もっと広く社会に訴えられたでしょう。
しかし、富裕層を敵視すれば、自民党、財界、官界、エリート層など体制全体と戦うことになります。
ネットでデモを冷笑していたような人にとっては、戦う相手が強すぎます。
そこで、もっとも弱そうな財務省を相手にすることにしたのでしょう。財務省なら表立って反論してくることもありません。
こういう闘争心の欠けたことでは世の中から無視されて当然です。
「富裕層解体」という言葉こそ使われませんでしたが、そのような主張のデモが行われたことがありました。
リーマン・ショック後の不況の中、2011年9月から「ウォール街を占拠せよ」を合言葉に行われたデモと座り込みです。数千人の規模に拡大し、アメリカの各都市にも広がりました。
「私たちは99%だ」というスローガンも叫ばれました。アメリカでは1%の富裕層が所有する資産が増え続けていることに対する抗議の意味で、明確に格差社会反対を掲げる運動でした。
特定のリーダーがいなくて、インターネットの呼びかけで運動が拡大したのは財務省解体デモに似ています。
ただ、「財務省解体」のスローガンはまったく共感されませんでしたが、「ウォール街を占拠せよ」や「私たちは99%だ」というスローガンによる格差社会反対のメッセージはある程度世界に広がったと思われます。
2013年に出版されたトマ・ピケティ著『21世紀の資本』によって、大規模な戦争か革命がない限り経済格差は拡大し続けるということが明らかになり、格差社会反対の声はさらに強まるかと思われました。
しかし、実際にはアメリカでも欧州でも格差社会のことは問題にならず、移民の問題に焦点が当たりました。
しかも、移民の問題というのはほとんど捏造されたものです。
アメリカでは移民や不法移民の犯罪が多いという統計はないにも関わらず移民が治安を悪くしているという認識が広がりました。欧州にしても、もともと移民の問題はあったのに、急に政治の争点になりました。
社会を支配する富裕層が格差社会への不満をそらすために“移民問題”をつくりだしたのではないかと疑われます。
日本では、数年前から外国人犯罪が増えているというデマが主にSNSで流されました。
私の印象ではXでとくに目立ったと思います。「外国人による犯罪」とする写真や動画が多数投稿されましたが、中にはそれが犯罪であるかどうか、あるいは外国人であるかどうか疑われるものもありました。
しかも、外国人犯罪の総数と日本全体の犯罪総数との比較という肝心の情報がありません。
実際のところは、日本では外国人犯罪はへり続けていました。
それなのに「外国人犯罪が増えている」「外国人のせいで治安が悪化している」というイメージがつくられました。
Xはもともとヘイトスピーチが多いところでしたが、イーロン・マスク氏に買収されてからとくにひどくなった感じがします。
「外国人と共生するべきだ」というよりも「不法外国人は出ていけ」といったほうがインプレッションが稼げるので、どうしてもヘイトビジネスが蔓延することになります。
産経新聞は川口市にクルド人が多いことに目をつけて、クルド人の犯罪が多発しているという「川口市クルド人問題」をつくりだしましたが、特定の民族や人種に犯罪が多いということはあるわけがないので、最初からデマであることが明らかでした。
“外国人犯罪”に加えて“外国人優遇”というデマがSNS上に蔓延したところに、参政党の「日本人ファースト」という主張がぴたりとはまって、参院選で参政党が躍進しました。
ともかく、欧米と日本では「格差問題から移民問題へ」という政治の争点のシフトが起きました。
なにかの大きな力が働いているのではないかという陰謀論にくみしたいところですが、もちろん証拠はありません。
ひとつ確実にいえるのは、強力な富裕層と戦うよりも弱い移民をいじめるという安易な道を選ぶ人が多いということです。
そうした中で起きた財務省解体デモは格差問題に焦点を当てました。
しかし、やはり富裕層と戦う気概はなくて、弱い財務省を標的にしたので、共感は広がりませんでした。
なお、参院選においてれいわ新選組は、消費税廃止を掲げる一方で、累進課税の強化も主張しましたから、富裕層と戦う姿勢を示したといえます(共産党も累進課税の強化を主張しています)。
しかし、れいわ新選組はあまり伸びませんでした。
格差問題を解決しない限り一般国民は幸せになりません。
アメリカでは1979年から2007年の間に、収入上位1%の人の収入は275%増加したのに対し、60%を占める中間所得層の収入は40%の増加、下位20%の最低所得層では18%の増加にとどまっています。ということは格差はどんどん広がっているということです。
ラストベルトの貧しい白人労働者はトランプ氏に望みを託しましたが、トランプ氏は「大きな美しい法案」を成立させて、福祉を削減し、富裕層のための減税をしました。労働者のための製造業復活はいつ実現するのかわかりません。
日本でも、野村総合研究所の調査によると富裕層と超富裕層の総資産額は、2005年の213兆円から2023年の469兆円へと増加しています。
かりに日本で“外国人優遇”が行われているとしても、それをやめたところで日本人が潤うのは微々たるものです。
富裕層の所有する富を分配すれば一般国民は大いに潤います。
これまで富裕層に食い物にされてきた一般国民は、所得税の累進課税強化、金融所得課税強化、相続税増税などを訴えて「富裕層解体デモ」をするべきでしょう。










