
2月28日のアメリカ・ウクライナの首脳会談は思いもかけず決裂しました。
合意のための条件が折り合わなかったのではありません。
メディアの前で両首脳が友好的な姿を見せる演出をしていたところ、「失礼だ」「感謝がない」などという言葉をきっかけに感情的な言い争いになって、決裂したのです。
こんな外交交渉は前代未聞でしょう。
「情報7daysニュースキャスター」(TBS系)で言い争いの部分をノーカットで放送していましたが、私が見たところ、ゼレンスキー氏が「外交ではプーチンの侵略を止められなかった」とプーチン氏の批判をしたところ、バンス副大統領が感情的になり、それがゼレンスキー氏とトランプ氏に伝染していったという感じです。
つまりゼレンスキー氏はどうしてもプーチン氏が許せないし、バンス氏とトランプ氏はどうしてもプーチン批判が許せないということで言い争いになったのです。
会談が決裂したきっかけがなんだったかは別にしても、トランプ氏とプーチン氏が太い絆で結ばれていることは確かです。これがなんとも不思議です。
ロシアは2016年の米大統領選に介入して、トランプ氏当選に貢献したといわれます。トランプ氏は自分の事業が危機に瀕したときロシア人ビジネスマンに助けられ、それからロシアはトランプ氏を「育ててきた」という説があります。
最近のニュースで、元カザフスタン諜報局長のアルヌール・ムサエフ氏がモスクワのKGB第6局に勤務していたとき、資本主義国からビジネスマンをリクルートする仕事をしていて、トランプ氏を「クラスノフ」というコードネームで採用したという話をフェイスブックに投稿したというのもありました。
こんな話はこれまではデマだと一蹴していましたが、トランプ氏のプーチン氏への入れ込み方を見ると、信じたくなってきます。
トランプ氏がこんなにもプーチン氏を支持するのはなぜかということは誰もが疑問に思うはずです。
一応の説明としては、アメリカにとって中国が主要な敵なので、中国とロシアを引き離そうという戦略だというのがあります。
これは理屈としてはありそうですが、もし中国を主要な敵とするなら、トランプ氏は同盟国をたいせつにし、途上国を味方につけなければなりません。
しかし、トランプ氏はまったく逆のことをしているので、トランプ氏は覇権国になるのを諦めたのだということを、私は前回の「トランプ、覇権国やめるってよ」という記事に書きました。
トランプ氏が覇権国になるのを諦めたのはその通りだと思いますが、トランプ氏の外交はそれだけでは説明しきれません。
トランプ外交の謎について考えてみました。
バンス副大統領は2月14日、ミュンヘン安全保障会議で演説し、「欧州が最も懸念すべき脅威はロシアではない。中国でもない。欧州内部だ」と述べ、もっばら欧州批判を展開しました。SNSの偽情報対策を「言論の自由の弾圧」だとして糾弾し、移民排斥を唱える欧州の極右政党の主張に「同意する」と語りました。さらにドイツの主流政党が極右政党AfDとの連立を否定していることは「民主主義の破壊」だと述べ、さらに環境、エネルギー問題なども論じました。
聴衆はバンス氏がウクライナ問題や関税問題についてトランプ政権の立場を説明するのかと思って聞いていたところ、バンス氏が欧州の内政批判ばかりを述べたので、最後のほうでは場内は静まり返ったといいます。
要するにバンス氏は、欧州の政治を保守対リベラルととらえて、米大統領選でバイデン陣営やハリス陣営を批判したのと同じようなことを述べたのです。
イーロン・マスク氏は1月26日、ドイツの極右政党AfDが開いた大規模な選挙集会にオンライン参加し、AfD支持を表明し、さらに欧州の主要国の政権批判をしました。
これも内政干渉で選挙介入だと批判されました。
トランプ氏は2月26日の記者会見で、「EUは米国をだますために設立された」「それがEUの目的であり、これまではうまくやってきた。だが、今は私が大統領だ」などと述べました。
EUはリベラルやWoke(意識高い系)に支配された組織だという認識なのです。
トランプ氏はEUを離脱したイギリスを前から賞賛しています。
トランプ氏やマスク氏やバンス氏は、EUや欧州の主要国がリベラルなのはけしからん、移民排斥、反DEI、反脱炭素、反LGBTQの方向に舵を切るべきだと主張して、保守の立場から欧州の政治に介入しているのです。
アメリカの分断をそのまま欧州に持ち込んだ格好です。
なお、トランプ氏は南アフリカが白人差別の土地政策をしているなどの理由で南アフリカへの経済援助を停止する大統領令に署名しました。
南アフリカは白人支配の政府が倒され、黒人の政権になりました。それがトランプ氏やマスク氏には許せないのでしょう(マスク氏は南アフリカ出身)。
これを見てもトランプ政権が白人至上主義の外交をしていることがわかります。
プーチン氏は保守かリベラルかといえば、もちろん保守です。ロシア国内にほぼリベラル勢力がないので保守らしさが目立たないだけです。
ですから、プーチン氏とトランプ氏が理解し合うのは当然です。
トランプ氏はプーチン氏や欧州の極右政党とともに欧州のリベラルと戦っているわけです。
最近、欧州で極右政党が台頭しているのには、世界の勢力図の変化が影響しています。
トランプ氏は2月13日、G7にロシアを復帰させるべきだと述べました。
主要国首脳会議(サミット)は、1998年にロシアが加わってG8となりましたが、クリミア併合のためにロシアは追放されて、それ以降G7となっています。
G7の内訳は日本、アメリカ、カナダ、フランス、イギリス、ドイツ、イタリアです(それとEU)。
昔はこれで「主要国」と称してもよかったのですが、今は状況が違います。ロシアを加えるなら中国やインドやブラジルも加えるべきだということになります。
2023年のGDPトップ10は次の国です(ロシアは11位)。

しかも、昔の主要国と新興国の経済成長率が大きく違うので、今後5年、10年たつと世界の勢力図が大きく変わることが予測できます。

アメリカでは人口における白人の割合が、1960年には89%だったのが2020年には60%にまで低下し、そのうち過半数を割ることは確実です。
オバマ黒人大統領の誕生もあって、白人の危機感が高まり、それがトランプ大統領誕生の原動力になりました。
それと同じことが世界規模で起こっていて、非白人国の経済力、軍事力、政治力がそのうち白人国を凌駕しそうです。
白人至上主義者がそれに対する危機感を深め、それが欧州において移民排斥を訴える極右勢力の台頭につながっています。
ところが、メディアは極右の台頭を欧州内部の政治状況としてしかとらえていないので、なぜ最近になって極右が台頭してきたのかよくわかりません。
極右はレイシストであることを隠しているので、「不法」移民はよくないとか、「移民の犯罪が多い」などと理由をつけますが、移民の犯罪が今になって増えたわけではありません。
非白人国の勢力はグローバルサウスと呼ばれるものとだいたい一致します。
日本ではグローバルサウスの力を軽視して、まだ世界は欧米中心に回っていると考えています。
そのため、ウクライナ戦争が始まってロシアに対する経済制裁が始まったとき、ロシアは長く持たないだろうなどといわれました。
しかし、実際は3年持っていますし、むしろ最近ロシア経済は好調です。
中国、インド、その他グローバルサウスの国がロシア経済をささえているからです。
グローバルサウスが力をつけてきたことに欧米は危機感を持って、そのため内部で保守対リベラル、あるいはレイシズム対反レイシズムの対立が激化しています。
トランプ政権もその中で保守ないしレイシズムの側でプレーしているわけです。
そして、プーチン政権を味方につけることで有利な立場に立とうとしています。
そう考えると、トランプ政権の外交が見えてくるのではないでしょうか。



